ミュージカル座「ひめゆり」を観て 

 先日、ミュージカル座の「ひめゆり」を初めて観劇した。その内容は、題名から思い起こされるように、太平洋戦争下の沖縄における、ひめゆり学徒隊に関する作品である。初めて見る作品、そして何より戦争もの。ということで、観劇前の私の気はすごぶる重かった。どうしてもテーマがテーマなだけに、身構えざるを得ないのだ。この事について、友人も同じ事を言っていた。やっぱり戦争ものって、ちょっと足が遠のいちゃうよね、と。

 では、なぜ、「戦争もの」、特に太平洋戦争ものを前にすると身構えてしまうのだろうか?それは恐らく、太平洋戦争中の時代が「身近でない、けれど身近な」題材であるからでなかろうか?平成生まれの私は、戦争を直接は経験していない。しかし、祖父・祖母は経験している。そして機会があると、彼らから直接その話を聞くことがある。そんな意味で「身近でない、けれど身近な」ものなのだ。

 またこの「戦争もの」に関しては、世代的な点以外でもう一つ「身近でない、けれど身近な」な理由がある。「一つの花」や「ちいちゃんのかげおくり」など、恐らく多くの人が小学校や中学校の国語の時間で触れるであろう「戦争もの」。しかしながら、ここでは「かわいそうなお話」というイメージが先行してしまい、そのテーマのもつナイーブさに、正直どう受け止めればいいか、わからない人も多かったのではなかろうか?そこには 、教員や生徒たちがはっきり口にしなくとも、ある共通の「暗黙の了解」が存在するように思われる。それは「あのような悲惨な時代を生きた人々から見たら、今の時代は幸せなのだろう。この恵まれた時代に感謝しなくては」との思いだ。けれども、この「暗黙の了解」は我々の心をじわりじわりと頑なにさせるのである。「恵まれた時代にいきているといっても、私たちだって苦しいのに…。同じように悲しみを抱えて生きているのに。それなのに幸せだと思えだなんて…。」と。

 ここで私が思うのは、太平洋戦争ものを語る際、まず時代そのものの悲惨さに焦点が当てられてしまい、それゆえに、肝心な人の苦しみそのものからは視線がそらされているのではなかろうか?ということである。確かに、戦争という自分ではどうすることも出来ない時代背景に比べれば、現代という時代は落ち着いているのかもしれない。そうとはいえども、人を苦しめるものは未だに存在する。絶望の理由が変わっただけであって、絶望そのものが無くなったわけではない。人々は日々絶望をどこかに抱えながら生きている。けれど、「戦争もの」を前にした時、「恵まれている」との暗黙の了解がむやみに押し付けられ、現代の絶望は抹殺される。過去の悲劇というものさしで、現代の苦しみを測られてしまえば、たちまち絶望は塗りつぶされ、幸せへとその姿を変えてしまう。それでは素直にはいられない。そして、その素直でいられない自分にさらに嫌気がさす。つまり、自分たちの苦しみが蔑ろにされたように感じてしまうのだ。だからこそ 、自分の心の中の矛盾した思いに気づき、後ろめたくなり、結果、「戦争もの」はちょっと…と思ってしまうのではなかろうか?

 そのような気が重い状況で劇場へ向かい、ひめゆりを観劇していたわけだが、私は思った。「戦争もの」を前にすると、「私たちは恵まれた時代を生きているから…感謝しなくては…」と思ってしまいがちだけれど、もしかしたら、そうではないのかもしれない、と。この時、初めて既存の「戦争もの」に対する暗黙の了解が姿を消し、新たな視点を得た気がしたのだ。そして、「戦争もの」を前にした時に感じる後ろめたさのようなものも姿を消したのである。

 どんな状況下においても、人生には辛い時があるわけで、それでも、もう生きていけないと思う状況を、みんな必死で生きているのではなかろうか?恵まれている、恵まれていない、という価値基準ではなくて。過去と現在、人を苦しませ、絶望させるものの違いはあれど、人の苦しみと絶望の深さには何ら違いは無い。絶望の淵に追いやられた時、人は死による解放を願う。けれども、死さえも掴み取れず、さらに絶望する。そのような中でも、まだ、なお生きている。どんな時代・状況であろうと、人は絶望して死を望むこともある。けれども、それでも、どうにかして生きていかなくてはいけないのかもしれない、と思ったのだ。

 「ひめゆり」は決して、甘く優しい夢を見せてくれるわけではない。しかしながら、少なくとも、あの少女達そして大人達の苦しみは、今の幸せなはずの現代にも共通して存在するものがあった。そんな、生きてゆくうえでの苦しみを示しているという点で、どこか「身近でない、けれど身近な」「戦争もの」が、自分の身のことのように、初めて、本当の意味で身近に感じられた瞬間であった。